『大学4年間の哲学が10時間でざっと学べる』の解説とレビュー。2500年間で面白い哲学者ランキング発表!

哲学

どうもこんにちは、しばおです。

 

 

「人間は考える葦である」

「われ思う、ゆえにわれあり」

「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている」

 

上から順に

パスカル、デカルト、ニーチェですけど、

 

哲学の名言っぽいものって、

日常生活でもネタとして使われたり、

あとはアニメで引用されてたりして、

結構知ってたりしますよね。

 

 

いうなれば、

それらの僕らの頭の中には

それらの断片的な知識が、

点としてばらばらに存在しているということ。

 

 

哲学史を勉強するっていうのは、

そのバラバラになっている

「点」と「点」を、線につなげる作業にあたります。

 

 

この本を読んでいくにつれて、

「ああ!これはこう言うことだったのか!!」とか、

「これはこういう繫がりだったのか!!」というように

 

知識と知識が繋がっていって、

知性が強烈に磨かれていく感覚を味わいました。

 

ぜひあなたにもこの感覚を味わってほしい!

 

ということでいってみましょう!

 

哲学史まとめ

 

この本は、西洋哲学と東洋哲学を

紀元前から20世紀に渡るまで

網羅的に説明している本でした。

 

確かに読むのにはだいたい10時間かかったんですが、

それを1時間にまとめて解説する動画作りました↓

 

これがマインドマップ。

 

びっくりするくらい見にくいですね…(´・ω・`)

 

ということで超ざっくり図式にまとめると、

こんな感じ。

 

古代ギリシアのソクラテスから始まり、

プラトン、アリストテレスと来て、

 

キリスト教万歳の中世が来る。

 

そのあと近代に入りデカルトがきて、

イギリス経験論と大陸合理論に分かれ、

それをカントが調停する。

 

現代に入ってからは

ニーチェやマルクスが以前の思想の矛盾を指摘し、

実存主義や構造主義などの新しい考え方が生まれ、

その考え方が今を作っている。

 

超ざっくりまとめるとそんな感じです。

 

哲学史を勉強してどうなったか

 

とてもすっきりしました。

冒頭でも言ったように、

自分の持っていたバラバラの知識が、

つまり点と点が繋がって線になったし、

 

今まで読んだことがあった本の内容の理解が

時代背景と歴史的背景をしったことで整理されました。

 

そういうことでめちゃくちゃすっきりしましたね。

 

 

僕が哲学史を勉強する以前って、

興味のある人や本を、

興味に従って読んでいただけでした。

 

これ以前に勉強してたジャンルとしては

・アラン 幸福論

・ラッセル 幸福論

・アドラー心理学

・ソクラテスの弁明

・ニーチェの入門書

・マルクス経済学で出てくる哲学(経済学部の授業でやりました)

だったのですが、

 

これらが人類の歴史の中で、

どのような立ち位置をもっていたのか。

 

そして歴史的にどんなインパクトを与えて

過去の世の中に出てきたのか

ということがすごくよくわかりました。

 

 

また、時代背景と一緒に、

「誰が」

「どんなことを言ったのか」

ということを端的に知れたので、

 

哲学自体に対する知識もかなり増えました。

 

 

つまり、

以前の僕はデカルトについて、

「『われ思う、ゆえにわれあり』って言ったやつでしょ!」

ということしか知りませんでしたが、

 

簡単にではありますが、

われ思うゆえにわれあるってどういうロジックか、

それは詳しくはどう意味なのか、

ということを知ることができました。

 

そして、

知識が増えて昨日の自分より進化した自分に

「うおおお!」と思って嬉しくなりましたね。笑

 

2500年間で面白かった哲学者ランキング

 

ブログで哲学史の理論を解説するのって大変だし、

解説する系のやつは動画のほうが適していると

思っているので、ブログでは割愛しますね。

 

 

で、この本では50人くらいの哲学者と

その思想が紹介されているんですけど、

 

その中でも特に面白いなこいつってやつを

3人ピックアップしてご紹介します!

 

 

「やりたいことが見つからない人」とか、

「やりたいとを頑張って探している人」には

かなり刺さるものがあるのではないかと!

 

第3位  イマヌエル・カント

 

 

『これ以上考えても仕方がない。』

 

 

「神は存在するのだろうか」

「人は本当に自由なのか」

「宇宙に始まりはあるのか」

 

などの形而上(=実態を越えたもの)学的な問いは、

誰にとっても不可避ではありますが、

答えるのは不可能な問い、

つまり病だとカントは言いました。

 

カントはこれをはっきりさせるために、

「神は存在するか」を肯定しようと否定しようと、

結局は決め手がないということを明らかにしました。

 

 

哲学者がそれをやるのはありなん?

と僕は虚を突かれましたが、

哲学者が考えてもしょうがないとするならば、

ましてや一般人の自分はなおさらなんだろうな。

と思いました。

 

 

人間なら絶対誰でもあると思うんですが、

なんか出口が見えない心配とか考えに

囚われてしまうことってあるじゃないですか。

 

 

将来どうしようとか、

ナンパはしょーもないけど彼女欲しいかもとか、

なんでそんなに興味ない科目を勉強しなきゃいけないんだよとか。。。

 

 

カントはそういう、

モノを越えた形而上のものを考えるのには

限界があるとして、

理性の限界を説きました。

 

 

出口のないことを

悩んでばっかいてもしかなたい。

 

 

それを哲学者によって明らかにされたわけです。

このことは、悩むことの無駄さを教えてもらった

大切な考え方だと思いました。

 

 

第2位  ジャック・ラカン

 

 

『自分探しで”自分の中”に潜り込んでも、結局何も見つからないゾ』

 

その理由は自我が形成される”シェーマL”という

メカニズムにあるとラカンは言います。

 

ざっくりと説明すると、

自我というものは、乳児の母親と一体化したいという欲望を父親が禁止して、結局それに気づいた子供は本来の欲動を隠蔽抑圧して、父親の望むような子供となる。それが自我であって、自我とはもはや他行との力学によって形成されるものでしかない。

というのがラカンの主張。

 

 

これは、

やりたいことを探している人間にとっては

とても重要なことだと思いました。

 

ぶっちゃけシェーマLが正しいかどうかとかは

全くわからないんですが、

 

 

『自分の中を探しても何も見つからない』

というのは間違いなくその通りだなと思いました。

 

 

これは夢をかなえるゾウや、ラッセルの幸福論とも

似てくるところですが、

 

関心を自分のうちに向けるのではなく、

自分の外に向けること。

 

そして考えるのではなく実際に行動すること。

 

 

これが自分を探すうえで大事なことだと、

哲学的な観点からも思いました。

 

ですから僕はこれからも、

ガンガン”自分の外”に興味をもって、

行動してそれを実際に体験しに行きます!

 

 

第1位  ジャン=ポール・サルトル

 

 

『人間は自由の刑に処せられている』

 

やりたいことが見つからない人には

確実にぶっ刺さる言葉なのでは。

 

かくいう僕もこの言葉に刺されました。

 

 

僕自身、やりたいこがないけれど、

実際はやろうと思えばほとんどのことができます。

 

農家にもなれるだろうし、

漁師にもなれるだろうし、

伝統職人にだってなれるだろうし、

企業人として働くことだってできる。

 

もうちょい具体的なことを言うと、

今ならまだ農学部にだって、文学部にだって

転学部してもほぼノーダメージだし、

なんなら休学してどこかに旅したり、

違う文化の場所で長期滞在だってできる。

 

 

もう、何でもありなわけです。

大学生っていう身分であるおかげなんですが、

今の僕には、逆に困るくらいの圧倒的な量の選択肢があります。

 

 

サルトルによれば、

人間は気づいたときには現実に存在するのだから

だれもが「実存」だけど、

それだけでは当人の本質は未定であって、

 

自分の本質を自分自身で決めることが、

「実存的な決断」だとしました。

 

当人の本質というのは、

その人が結局「なにもの」なのかということです。

農家なのか、伝統職人なのか、企業人なのかということ。

 

 

完全な自由はかえって厳しいと、サルトルは言いました。

 

 

僕は最近やりたいことを探すために

色んな人とお話しする機会をいただいているのですが、

 

大人に多いのが

『結局ご縁で今の自分がいるだたよね~』

というパターン。

 

この前バイトの店長からお話を聞いたのですが、、、

(以下店長の物語)

家庭の事情で大学ではなく専門に行くことになり

 

↳専門の願書のなかでホテルのやつが面白かったからホテル業界に入ることを決め上京。30前くらいまで東京でホテルマンやる

 

↳兄のところへ遊びに行くついでに仙台に来たら、でっかい建設中のホテルを見つける

 

↳気になったから電話して面接して受かって20年くらい仙台でホテルマン

 

↳ご縁で違うホテルに2年間行き、

 

↳またそこのご縁で飲食店の店長をやることになって、もう10年くらい。そんで僕にこの話をしている

 

 

このご縁というのは、

人とのつながりだったり、

偶然のきっかけからだったりしますが、

 

自分の運命とか進路とかっていうものは、

不自由の中から生まれるものも結構多いのではと、

サルトルの考え方を知ってから思うようになりました。

 

 

しかし、結局のところ、

ご縁とか偶然とかが運んでくるものって

「きっかけ」でしかなくて、

実際にその人たちの人生を決めたのって、

当人たちの「行動力」「主体性」でした。

 

 

 

「ご縁が自分の将来を決めてくれるでしょ!」

といって受動的に運命に流されれる人生はつまらない。

 

 

そうではなく、

ご縁やチャンスがもたらしてくれる「きっかけ」を

自らの意志でつかみ取っていく気概が

必要なのだと感じました。

 

 

そして、

ガンガン行動していくことは、

その「ご縁」や「偶然」を半人為的に

起こすことができる、

圧倒的なパワーを持っているのではないかと思います。

 

 

 

『人間は自由の刑に処されている』

サルトルはこういいますが、

 

自ら行動し、自らの手でご縁や偶然のきっかけを

実存的決断によって自分の運命にするのが大事だと、

僕は解釈することにしました。

 

 

まとめ

 

今回は

・哲学史のまとめ

・哲学史を勉強する意味

・哲学者のおもろいランキング

ということでお伝えしてきました。

 

哲学を勉強することで、

自分の人生は間違いなく深みを増すよなぁと

最近ひしひしと感じております。

 

せっかく21世紀に生まれたんだから、

以前の偉人たちが何を考えていたのかを

知るってめちゃくちゃお得ですね!笑

 

今回の記事は、

本を読んで思ったことをまとめた感じですが、

「哲学史のこともうちょい知りたくなってきた!」

という方は是非動画のほうを参考にしてください~

 

 

 

最後までお読みいただきありがとうございます!

 

それでは!

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