【幸福の教科書】ラッセル幸福論を読んで、幸せになってみる。書評と解説。

哲学

どうもこんにちは、しばおです。

 

突然なんですけど、

昨日の僕の1日を紹介すると、

 

朝起きて、

フランス語の試験の勉強をちょろっとやって、

カフェに行ってブログの設定関係のことをやり、

帰ってきてからブログを書き、

夜ごはん食べて風呂に入って、

そこからこれから書くブログの構成練ってました。

 

 

めっちゃくちゃ普通じゃないですか?

 

ええ、ええ。

僕も大いにそう思います。

 

昨日はドトールと西友の店員さん以外とは

喋ってない気がしますね。

 

 

超普通で平凡じゃないですか。

 

 

でも、

”そんな超普通で平凡な毎日の中で、

どういう風に幸せになっていくのか”

 

をマニュアル的に解説している本が、

このラッセルの幸福論なんです。

 

もう目から鱗というか、

「こういう考え方をすればよかったのか!!」

と思いまくりな一冊だったので、

是非是非一読をおススメいたします。

 

理論を解説した動画はこちら↓

 

ラッセルさんとこの本について

 

まずラッセルさんについて軽く。

 

ラッセルさんは1872-1970のイギリスに生まれ、

数学者であり、

哲学者であり、

さらには平和主義者でもありました。

 

あのアインシュタインと一緒に、

ラッセル・アインシュタイン宣言などを通して

核廃絶運動を展開した人でもありました。

 

 

そんなラッセルがこの幸福論を書いたのは

1930ねん。

アランの幸福論の5年後ですね。

 

この時はラッセルも齢58歳で、

数度目の結婚を果たした後であったので、

幸福を語るにはいい感じの人格に

なっていたのだろうといわれています。

 

 

そしてこの本の想定読者についてですが、

「不幸じゃない。でも幸せではない…」

という人を想定したもので、

 

不幸のどん底にいるような人を

救うような書籍ではありません。

 

 

だから、まさに冒頭の僕の生活のように、

・バイトもしてるし、そこまでお金に困ってない(親のおかげですありがとうございます)

・衣食住は確保している

・社会的にも普通の立場

・友達も家族もいるし、孤独ではない

そんな人。

 

そんな超普通の生活を送っているけど、

別に幸せではないんだよなぁーという人に向けて

書かれた本です。

 

 

人口の大半がここのレンジに収まるんじゃないかな。

 

 

そのような人が、自信をもって

「俺、今幸せだよ!」と思うために、

どのようなものの見方をすればいいか、

どうやって世界とかかわっていけばいいかを

解説した本であります。

 

それではいってみましょう!

 

不幸の原因

退屈と興奮

 

昨日は店員さんとしか話してない僕ですが、

普通に友達はいるので

僕んちとか、友達んちで鍋パだタコパだ

チーズフォンデュだ色々します。

 

ああいうのめちゃくちゃ楽しいですよね。

タコパとかチーズフォンデュとか、

自分たちで作る系は特に面白い。うまいし。

 

 

いっぱい飯食って、

うまいもの飲んで、

買ってきたお菓子とか

その場でパンを揚げたりして、

くだらない話で盛り上がって。

 

めっちゃくちゃ楽しいじゃないですか。

 

 

これがラッセルで言うところの、

『興奮』です。

 

 

じゃあ何が不幸の原因になるかって言うと、

タコパの次の日の『退屈』なんですよ。

 

結局、前の晩が楽しければ楽しいほど、翌朝は退屈になる

 

とラッセルは言っていて、

まさにその通りすぎるんですよね。

 

前日にあれだけ飲み食いして、

くだらない話で大盛り上がりして、

大満足でその日を終えるわけなんですが、

 

そうなるとどうしても、

次の日はなんだか味気なく寂しく感じるし、

どう考えても昨日よりは退屈です。

 

 

ラッセルは、

その退屈こそが現代人を不幸にしていると考えました。

 

 

ー解決策ー

 

じゃあどうすればいいのか?について、

退屈に耐える力をある程度持っていることは、幸福な生活にとって必要不可欠である

と結論付けています。

 

僕これ初めて読んだとき、

えっ、そうくる?」って思いましたわ。

でもこれはよく考えてみればすごいなと。

 

 

要するに、

前の晩の楽しさを毎日越えようとしていたら、

毎日毎日『興奮』を求めざるを得なくなり、

精神的にも、金銭的にも消耗することになる。

 

だし、新しい興奮を求め続けると、

さらに強い興奮を求めるようになると

ラッセルは言っています。

 

 

コショウのピリピリさをもとめて

どんどんコショウをふっていったら、

さらなるピリピリが欲しくなって

ガンガンコショウふるみたいな。

 

 

僕はこれを見てハッとしまして、

退屈さを愛してやろう』と誓いました。

 

あと、

これと結びついて僕が実感したことなんですが、

自分自身を成長させるためには、絶対に退屈が必要であるな

と思いました。

 

 

というのも、

僕は今年の正月は実家に帰って、

小学校の友達とバチクソ遊んで、

家に7日間いたのですが、

家族と夜ご飯を食べる回数より

友達と食べる回数のほうが普通に多かったくらいにそりゃもうバチバチでした。

 

 

そうするとやっぱ楽しいんですが、

自分を成長させる時間が取れないというか。

 

 

自分を成長させるって言うと具体的に

・本を読む

・読んだ内容をアウトプットする

・筋トレする、運動する

ということですが、

 

やはりこういう自己研鑽は、

静かなゆっくりした時間、

言い換えれば『退屈な時間』が必要不可欠なんですよね。

 

友達と夜遅くまで遊んでいると、

次の日起きるのは昼前だったりするから

生産性の高い朝の時間を使えないし、

 

寝るのが夜遅くだったりオールしたりすると、

体への負担が大きいから

負荷の高い筋トレをやるのを、体の調子を考えると見送らざるを得ないときも結構ありました。

 

ラッセルの幸福論を読んで、

さらにこのようなことを考えてみると、

退屈に耐えて、退屈を愛する

ことが幸せになるためには必要なんだなということを

ひしひしと感じました。

 

 

競争

 

友達とマリカーとかスマブラやって

競争しないのって全然面白くないと思うんですが、

 

「どれだけ売り上げを上げられるか」

「どれだけ出世できるか」

とかの競争ってかなりしんどいと思います。

 

 

競争には2種類あると思っていて、

 

それは前者のような

「結果がどうであれ、競争する過程が楽しいモノ」と、

 

後者のような

「過程はどうでもよくて、結果のみが認められるもの」

の2種類あると思っています。

 

 

前者の競争は、

物事に張り合いが出てくるし

勝っても負けてもネタになるんで

めちゃくちゃ楽しいんですが、

 

後者の競争は、

行き過ぎると本当につらくて

精神を蝕むような側面を持っています。

 

 

で、ラッセルが言っている不幸の原因は、

この後者の”競争”のことだと思います。

 

 

 

これには僕も苦い経験がありまして。。。

 

僕がネットビジネスをやっているときは、

まさにこの”競争”にさらされまくっていました。

 

自分の能力が全然高くなかったから、

結局お客さんの取り合い、パイの奪い合いをすることしかできなかったんですね。

 

結果を出すためにとにかく必死に

ネットビジネスと向き合いました。

 

飯食ってるとき、

風呂入ってるときも

「どうやったら売れるかなぁ」と

ずっと考えていたし、

とにかく使える時間はすべてネットビジネスでした。

 

まあ結果はぼちぼちですが一応出ましたよ。

世の中の大学生的にはまあまあじゃねってくらいには。

 

 

 

でも、そのネットビジネスで成功することに

人生のリソースの全てを捧げているときは、

幸せからは程遠かったと思います。

 

むしろ、幸せに気づけなかったと言うべきかも。

 

当時は田舎のじいちゃんばあちゃん家で

生活していたんですが、

 

一人暮らしの今になって考えてみると

そのときは本当に幸せだったんだなって思います。(今はいまで楽しいけど!)

 

おばあちゃんが作る飯は3食ガチうまだし、

そもそも毎日誰かと一緒にご飯を食べられるのが

超嬉しかったし、

自然豊かなところで毎日さわやかだったし、

おばあちゃんは僕がパソコンに向かっているのをネットビジネスとかじゃなくて単純に大学の授業を真面目に受けてるように思ってたみたいだけど、

「今日はプリン買ってきたよ~お茶にしよ~」

とかって声をかけてくれていたし。

 

今考えると圧倒的幸せだったんです。

 

でも、僕はそれを感じずにいました。

 

「また売れなかった」

「今月の利益、先月の半分や」

「めっちゃ頑張ってんのに結果出ないわ…」

 

ずっとそんな感じでした。

 

私が主張したいのは、成功は幸福の一つの要素でしかないので、成功を得るために他の要素がすべて犠牲にされたとすれば、あまりにも高い代価を支払ったことになる、ということである

ラッセルはこう言っています。

 

幸せになるためには成功することが必須ではなく、

幸せになるための変数の一つでしかない。

 

だから、競争に勝つことだけにコミットしていては

結果として幸せになれなかったり、

今の幸せに気づけなかったりするということ。

 

 

幸福の主な源泉として競争に勝つことを

強調しすぎている現代において、

 

このラッセルの主張は的を射ていると強く感じました。

 

幸福をもたらすもの

仕事

 

この項目が、

「不幸の原因」ではなく、

「幸福をもたらすもの」として書かれているのが、

なんだかポジティブな気分になれますね。

 

この章で気になったのが2つあるので

それぞれ紹介していきます~

退屈な仕事>暇

 

私見によれば、量が方でない限り、どんなに退屈な仕事でさえ、たいていの人々にとっては無為ほどには苦痛ではない。

 

そもそも日常が”無為”であることに

若干の問題があるかとは思いますが、

 

これは核心をついているな、というか、

僕の仕事に対する価値観を

根底から変える理論の一つになりました。

 

 

 

そもそも、僕がネットビジネスを始めた理由の一つに

『働きたくない!!!』

という強い動機がありました。

 

毎日満員電車に乗り、

自分がやりたいでもない仕事をこなし、

仕事のやりがいは特になくて、

気付いたら家と職場の往復によって

人生の時間を過ごしている。

 

 

そんなシナリオの人生は全くだと、

これは中学2年生くらいのときから

静かに、しかしふつふつと思い続けていました。

 

 

だからネットビジネスで絶対に成功して、

不労所得を得て、

やりたくもない仕事に縛られずに生きよう。

自由に生きよう。

そう思っていた自分がいました。

 

 

しかし、

ネットビジネスでしっかり挫折して、

アドラー心理学を知ってからは、

『人間は仕事によって社会に貢献することで、

貢献感、すなわち幸福を感じる』

と思うようになったし、

 

仕事をすること自体に全く抵抗がなくなりました。

 

 

そこにきて、

『暇より仕事のがマシ』

というラッセルの理論には、

もう圧倒的に、全面的に同意しました。

 

 

また、これは実感としてもあるんですが、

僕は某パン工場で単発バイトに入ることが

結構あったんですが、

この工場バイトも「暇よりまし」理論が当てはまっていたように感じます。

 

 

工場のバイトってかなり退屈なんですよ。

ベルトコンベアから流れてくるパンを箱に詰めたり、

蒸しパンの敷き紙をセットしたり、

クリスマスの時期は、クリスマスケーキの箱を組み立てたり。

 

そういう作業を8時間くらいやるんですよね。

そりゃもう退屈でして。

 

 

でも、それでも、

何もしないで家でダラダラしているよりは

全然ましだと思います。

 

僕はナンパを辞めた後に

かなり無気力な状態が続いた時期があったんですが、

 

この「何をするにもやる気が出ない」ってときには、

どんな退屈な仕事でもやってみると全然違うなと、

ひしひしと感じましたね。

 

仕事に対するプライド

 

自尊心がなければ、真の幸福はまず不可能である。そして、自分の仕事を恥じているような人間は、自尊心を持つことは到底できない。

 

ナンパをしているときの話なんですが、

そのときって、常にもやもやしていて、

そんなに幸せじゃなかったと記憶しています。

(もちろん人生単位で見たら圧倒的にプラスになりました)

 

 

なぜその時幸せになれなかったかって、

「自分のナンパを恥じていて、自尊心を持ってなかった」

ことが原因だ思いました。

 

ナンパ という行為自体を恥じていたのではなく、

自分のナンパの手法を恥じていたんですね。

 

タイプでもない人にタイプですと言い、

機械のようにテンプレートを言い続けるだけ。

自分のコミュ力がないがために

このような形のナンパしかできませんでした。

 

自分がやっていることに自信とプライドが持てない。

 

だからこそ、なんだかもやもやとした気持ちを

常に抱えていたんだと思います。

 

 

僕は学生で時間があるから、

「フルコミットしたもの=仕事」

ということになるけど、

 

これが社会人になって、「仕事=職業」となるとき、

絶対に誇りを持てる仕事しないといけないと、

強く思いました。

 

 

だからこそ僕は自分のやりたいことを

全力で探さなければいけないと、

強く思わされる1節でした。

 

熱意

 

これがラッセルの幸福論のカギ概念だなって思います。

この11章の熱意にフォーカスを絞った記事はこちら。

 

人間、関心を寄せるものが多ければ多いほど、ますます幸福になるチャンスが多くなる。

物事に興味をおぼえた人は、その物事に興味をおぼえない人よりも、よりよく世界に適応しているのである。

 

やりたいことが現状なくて、

でもやりたいことを探そうとしてる自分には

かなりグッとくる内容になっております。

 

 

僕は今までにいろんなことに関心をもって、

わりとそのたびに行動に移してきました。

 

 

不労所得⁉すげぇぇぇ!!!

ってなったからネットビジネスやったし、

 

俺はもともと田舎に住みたかったんだ。

ってなって農業体験行ってきたし、

 

自分に素直になろう。彼女欲しい。

ってなってナンパやってみたし、

 

幸せとは…。人生の意味とは………。

ってなって哲学書を読み漁ったりした。

 

そして今は、

自分自身を発信することに興味を持ったので、

ちょっと集中的にブログ書いてます。

 

 

もし僕が世界に対して無関心で、

関心を自分の内側だけに向けていたとしたら、

本当につまらない1年間になっていたんだろうなと。

 

コロナの中でもこれだけ行動して、

自分の世界を拡張できたのは、

こうやって色々なことに関心をもって、

実際に行動していたからだと確信しています。

 

 

 

で、今言ったことは僕のこれまでの話。

大事なのは僕のこれからの話ですね。

 

 

僕はいまやりたいことがなくて、

それを全力で探しているところだけども、

 

なにか少しでも興味があるものがあったら、

速攻で飛びついて行動してみるのが大事だなって、

この書評を書くにあたって改めて思いました。

 

 

人生をかけてやりたいことをやっている人って、

皆すべからく圧倒的な行動力と経験値を持ってますから。

 

彼らがいろんなことに興味を持って、

実際に行動してみたことは明らかなんですよね。

 

 

だからこそ、

僕もそれに続こうと思います!!

 

 

これらを生かして幸せになる。まとめ。

 

当初は3000字くらいにするつもりだったんですが、

気付いたら倍の分量になっていた…

 

でもそれだけ伝えたいことがあったし、

自分で書評を書くにあたって読み返していたら

思うことがたくさんありました。

 

これ今回紹介したのは全部で17章あるうちの、

たったの4章分だけですからね。

 

ラッセルの幸福論は、

それだけ濃ゆくてかなりの良書だと思ってます。

 

 

僕の人生に対する考え方も

結構変わったよな~というのはかなり自覚しますね。

 

 

ということでまとめると、

・退屈に耐える力を持つことが大事
・競争に勝って成功することは、幸せになるための要素の一つでしかない
・仕事にはプライドを持つことが、幸せになるためには必要不可欠
・世界のいろいろなことに関心を持つことがとても大事
ということでした。
最後までお読みいただきありがとうございます!

 

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